【作成者:宮本梓】

本稿では,腱板と腱板断裂に伴うバイオメカニクスを解説します.
・棘上筋は安定化に寄与する.・棘下筋は挙上能を有し,その機能は非常に重要である.
・肩甲下筋はバットレス効果を有し,前方安定性に寄与する(本稿で解説していない).
・腱板断裂は上腕骨頭の上方化を引き起こすが,棘上筋単独断裂では生じないとする報告が多い.
・肩甲上腕関節の陰圧も安定性に寄与する.
・腱板の修復によって運動学は改善するが健常肩までの回復は現段階では見込めない.
腱板のモーメントアーム
腱板の機能を考える場合にモーメントアームは長いほど作用できると解釈することができる.下垂位における腱板筋のモーメントアームは,棘下筋上部は外旋により延長(=外旋位において内旋筋となる),上部から中部と中部から下部はほとんど変化なし,小円筋は内旋により延長(=内旋すればするほど外旋に作用しやすい)する1).挙上に伴う変化では棘上筋は下垂位が最大であり挙上にともなって短縮し,棘下筋は挙上を通して一貫して大きな変化はせず,肩甲下筋は挙上80°程度まで短縮するがその後は延長することが報告2)されており(図1),腱板断裂肩において棘下筋まで断裂すると挙上不能となることを裏付けていると考えることができる.

筋電図学的知見
肩関節の運動学を考える上で腱板筋の収縮順を理解することが重要であり,トルクマシーンを用いた研究において,腱板筋は動作開始の0.092〜0.215秒前に活動し,三角筋と大胸筋の筋活動より早かったと報告3)されており.出力モーメントと腱板筋の相関関係は棘下筋と肩甲下筋には認めたが,棘上筋には認めなかったとしている3).外転において検討した報告では棘上筋は動作開始前(0.102秒)に収縮していたことを報告している4)(図2).腱板筋は安定化のために動作に先行して収縮する機能を有しているが,棘上筋は実質的な作動筋としての機能は少なく,安定化のために重要と考えることができる.

腱板断裂による負荷変化
腱板断裂によって残存腱板などにかかる負荷を理解することは保存療法を組み立てる上で有効である.シミュレーションで肩甲骨面挙上79°,外旋39°の肢位において,棘上筋断裂モデルでは棘下筋と三角筋のトルクが8%上昇したが不安定性は生じなかったと報告8)されているが,棘下筋断裂を伴うと上腕骨頭の位置は著しく後上方に偏位し,それは肩甲下筋断裂を伴うとさらに増大した8)(図3).Hansenら9)は腱板断裂モデルを6cm〜8cmまで作成し,残存腱板にかかる負荷量をシミュレーションした.断裂サイズが拡大すると相応に残存腱板の負荷量は増大した.シミュレーションモデルは初期設定された位置に上腕骨頭を維持することを条件に行われるため,残存腱板に生じる負荷増大は安定化のために必要な負荷と理解することができる.臨床においてはその増大する負荷を派生できない場合に上腕骨頭の偏位が生じると理解することができる.

上腕骨頭の上昇
腱板断裂によって上腕骨頭が上方化することは既知であると思われる.棘上筋単独では上方化しないとする報告が多く,断裂が棘下筋に及ぶことによって上方化が生じると考えることができる.また,上方化は挙上可否や保存療法の成績にも影響する因子であると考えることもできる.
in-vivoにおける検討では,AHD(acromiohumeral distance:肩峰上腕骨間距離)を用いて,腱板断裂肩の有症候と無症候の距離を計測し,0°では有意差を認めないが,60°では有意差(0.51mm)を認めたことが報告10)されている.Saharaら11)は2D to 3D registarationを用いて腱板断裂肩(偽性麻痺と偽性麻痺ではない2群)と健常肩を比較し,挙上における上腕骨頭上方化は,偽性麻痺群は6.7mmであり偽性麻痺ではない群は3.6mmであったと報告した.Kozonoら12)は3D to 2D registrationを行い,上腕骨と肩峰の距離を外転15°から150°まで計測し,腱板断裂群(大断裂と広範囲断裂)では15°〜90°まで,135°以降では有意に肩峰上腕骨間距離が減少していたと報告した(図4).Kimら13)は広範囲腱板断裂肩で保存療法にて除痛が得られた群と健常肩の動態を比較し,静的位置は断裂肩で2mm上方化していたが,挙上40°からは有意差がなくなったと報告している(図5).腱板断裂によって上腕骨頭が上方化するが,それは有症候と無症候,挙上可否によって異なることを理解する必要がある.


Cadaverによる検討では断裂部位による影響を理解することが肝要である.Itamiら14)は腱板断裂を棘上筋断裂モデルと棘上筋と棘下筋の前方1/2断裂モデルを作成し,外転20°と40°において検討した.棘上筋断裂モデルは有意な上腕骨頭上昇を認めなかったが,棘上筋と棘下筋の前方1/2断裂モデルは有意な上昇を認めたと報告した.Kedgleyら15)は棘上筋前半分,棘上筋すべて,棘上筋すべてと肩甲下筋の上部(≒舌部)の断裂モデルを作成して,挙上90°まで動かし,上腕骨頭の上方偏位は認めなかったと報告した.一方,Terrierら16)は棘上筋の欠損モデルと欠損のないモデルを比較し,外転30°で中心点が欠損モデルは0.75mm上方化しており,この偏位量は欠損のないモデルの1.6倍に相当していたと報告している.
関節内の陰圧について
肩甲上腕関節は陰圧によって安定化されており,腱板断裂によって関節内は肩峰下滑液包と交通し陰圧が減弱する.Hurschler ら17)はcadaverにて関節が肩峰下滑液包と通気していない状態と通気している状態を模擬し,通気している状態では上腕骨頭が1.2〜2.8mm上方化したことを報告している(図6).上腕骨頭の上方化は腱板機能だけではなく関節内の陰圧も貢献していることを示す論文である.

腱板修復における変化
腱板修復術は概ね良好な臨床成績を示すが,その動態に関する報告は多くない.Uedaら18)は挙上動作時の肩甲骨上方回旋角度を健常者と腱板断裂肩(小断裂と広範囲断裂)で比較し,術前は健常群と腱板断裂群(小断裂と広範囲断裂)は有意差を認め,術後5ヶ月においても有意差を認めたが,小断裂群は2ヶ月から5ヶ月と有意な減少を認めた一方で,広範囲断裂群は時間的作用がなかったと報告している(図7).Kolkら19)は腱板断裂(上方のみ58%,上方から後方42%)の手術前と修復後と無症候の対側肩を三次元動作解析装置を用いて観察し,修復後は無症候肩までは完全に回復しないが,無症候群に近似した値まで改善することを報告している.腱板修復による改善は断裂サイズに依存し,広範囲断裂では改善な改善は望めないと考えられる.

引用論文
1) Adams CR et al. Effects of rotator cuff tears on muscle moment arms: a computational study. J Biomech. 2007;40(15):3373-80.
2) Yuri T et al. Moment arms from the anatomical subregions of the rotator cuff muscles during flexion. J Biomech. 2022.
3) David G et al. EMG and strength correlates of selected shoulder muscles during rotations of the glenohumeral joint. Clin Biomech (Bristol). 2000 Feb;15(2):95-102.
4) Wickham J et al. Quantifying 'normal' shoulder muscle activity during abduction. J Electromyogr Kinesiol. 2010 Apr;20(2):212-22.
5) Nakajima T et al. Effects of glenohumeral rotations and translations on supraspinatus tendon morphology. Clin Biomech (Bristol). 2004 Jul;19(6):579-85.
6) Foo WYX et al. Abduction causes increased strain gradient compared to forward flexion: Evidence from a cadaver model of simultaneous strain study of the rotator cuff tendons. Clin Biomech (Bristol). 2023.
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11) Sahara W, et al. Three-dimensional kinematic features in large and massive rotator cuff tears with pseudoparesis. J Shoulder Elbow Surg. 2021 Apr;30(4):720-728.
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