2025/06/15
病態:椎間板のバイオメカニクス
腰椎椎間板ヘルニア椎間板動態椎間板内圧

【作成者:井出本 憲克

【監修者:葉 清規

病態:椎間板のバイオメカニクス

本項では,椎間板のバイオメカニクスについて解説する.
・椎間板は髄核の膨張圧と線維輪の張力で安定性を保ち,変性によってこの力学的バランスが崩れる.
・椎間板変性によりNPの内圧維持機能が低下し,AFに剪断応力が集中して損傷しやすくなる.L4/L5・L5/S1は可動性が大きく,屈曲や回旋で特に負荷が集中しやすいため腰椎椎間板ヘルニア(Lumber Disc Herniation:以下,LDH)の好発部位となる.
・正常な椎間板では,体幹伸展でNPは前方偏位するが,変性椎間板では体幹伸展で後方膨隆が生じ,力学的応答が不安定になる場合がある.
・近年の研究では,正常な椎間板では座位で椎間板内圧が高くなるが,椎間板変性により姿勢間によるIDPの差は縮小すると示されている.いずれにしても長時間の同一姿勢を回避することが臨床上重要である. 

椎間板のバイオメカニクス

正常な椎間板は,圧縮負荷に対して髄核(nucleus pulposus:以下,NP)が水分を保持し,内部圧を高めることで線維輪(annulus fibrosus:以下,AF)に張力が伝わるという「水圧―張力バランス」機構によって安定性を維持している1,2)(図1).
しかし,椎間板変性が進行するとNPの含水率が低下し,内部圧が減弱するため,結果としてAFが荷重を一手に引き受けるようになり,剪断応力の集中が起こる.これによりAFにおける亀裂形成や層間分離(delamination)が誘発されやすくなる2).
椎間板は立位や座位,歩行,荷物の持ち上げ動作など,日常の多様な活動中に複合的な力学的負荷(圧縮,屈曲,回旋,剪断)を受ける.これらの複合ストレスがAFへ繰り返し加わることで,微小断裂や力学的損傷が進行し,やがてLDHの一因となる2,3).
LDHの好発部位とされるL4/L5およびL5/S1の椎間は,屈曲や回旋といった動作において他の椎間よりも大きな可動性を示すことが報告されており4,5),この動的特性が下位腰椎部におけるヘルニア好発の一因と考えられている.特に,前傾姿勢や体幹回旋を頻繁に伴う職業(例:介護,建設,運送など)や,スポーツ活動(例:体操,野球,レスリング)に従事する個人では,これらの椎間に過度なメカニカルストレスが蓄積され,LDHの発生リスクが増加する可能性がある4,5).

図1(文献1より引用)椎間板荷重時の内圧とAFへの張力伝達のメカニズム

体幹運動に伴う椎間板の動態

体幹運動に伴う椎間板の動態について,屈曲時にNPが後方へ,伸展時には前方へ移動する.これは主に正常椎間板において観察される特徴である.kMRIを用いて立位・前屈・伸展といった体幹運動中の椎間板の動的挙動を検討した研究では,椎間板変性が進むにつれて,姿勢負荷下での膨隆量が増大することに加えて,椎間板変性の程度によって動態が大きく異なることを報告している.Grade I(正常椎間板)では,前屈で後方移動,伸展で前方移動といった規則的なNPの偏位が認められた.一方で,Grade Ⅱ~Ⅴ(変性椎間板)では,伸展時に有意な後方膨隆(posterior bulging)が確認され,特にL4/L5・L5/S1において顕著であった.これは,NPの変性による含水量・膨張圧の減少とAFの機械的特性の低下によって力学的応答が非対称・不安定となることを示唆すると報告されている6)(図2-3).
このような知見は,体幹伸展が常に椎間板への減圧となるとは限らないことを意味しており,変性椎間板に対しては一律の運動療法が逆効果となる可能性がある.したがって,体幹運動における椎間板の動態は,変性の進行度や椎間レベル,その他の理学所見を含めて個別に評価すべきである.

図2(文献6より引用)変性に伴うL4/5椎間板膨隆の動的変化.GradeⅡ・Ⅳの伸展位,GradeⅣの屈曲位で中間位と比較して有意差あり.
図3(文献6より引用)変性に伴うL5/S1椎間板膨隆の動的変化.GradeⅡ・Ⅳの屈曲位で中間位と比較して有意差あり.

椎間板内圧

椎間板内圧(intradiscal pressure:以下,IDP)について,座位では立位よりも高く,腰椎への負荷が大きいとされてきた7,8).近年は測定技術の進歩に伴い,定説とは異なる研究結果の報告もみられる.
正常な椎間板においては,座位で有意に高いIDPが観察される一方で,変性椎間板では座位と立位間に有意差が認められないとの報告がある9).これは,加齢や変性によってNPの水分量が低下し,IDPそのものが減少することで,姿勢による圧力差が小さくなる可能性を示唆している.ただし,正常椎間板群と変性椎間板群のサブグループ比較においては,異質性が高く,明確な結論を導くには慎重な解釈が必要とされている(表1).
臨床的には,座位が必ずしも立位より高リスクとは明言できず,いずれの姿勢であっても長時間の持続は避けるべきという実用的な提言がなされている9).

表1(文献9より引用)椎間板の状態による座位と立位での椎間板内圧に関するサブグループ分析.正常椎間板群I²=52%,変性椎間板群I²=71%.どちらもグループ内でのバラツキが大きい.

引用文献
1) Kirnaz S, et al, Pathomechanism and biomechanics of degenerative disc disease: Features of healthy and degenerated discs, Int J Spine Surg, 2021, 15, 10–25
2) Adams MA, et al, What is intervertebral disc degeneration, and what causes it? Spine, 2006, 31, 2151–2161
3) Newell N, et al, Biomechanics of the human intervertebral disc: A review of testing techniques and results, J Mech Behav Biomed Mater, 2017, 69: 420–434
4) Liu Z, et al. Sagittal plane rotation center of lower lumbar spine during a dynamic weight-lifting activity, J Biomech, 2016, 49, 371–375
5) Shin JH, et al, Investigation of coupled bending of the lumbar spine during dynamic axial rotation of the body, Eur Spine J, 2013, 22, 2671-2677
6) Zou J, et al, Dynamic bulging of intervertebral discs in the degenerative lumbar spine, Spine, 2009, 34, 2545–2550
7) Nachemson A, et al, In vivo measurements of intradiscal pressure. Discometry, a method for the determination of pressure in the lower lumbar discs, J Bone Joint Surg Am, 1964, 46, 1077–1092
8) Wilke HJ, et al, New in vivo measurements of pressures in the intervertebral disc in daily life, Spine, 1999, 24, 755–762
9) Li JQ, et al, Comparison of in vivo intradiscal pressure between sitting and standing in human lumbar spine: a systematic review and meta-analysis, Life (Basel), 2022, 12, 457. doi: 10.3390/life12030457

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